外反母趾

第二指より親指の長い人はご用心 健康保険適用の特注治療靴療法も

<手術療法>主婦のW子さん(52)は、昭和30年代の後半にOLをしていた。当時、大流行のミニスカートと足先の細いハイヒールをはいて丸の内界隈を闊歩していたものだ。

思えば、そのころ、すでに足の痛みを感じていた。電車内で長時間、たっているのもつらかったが、「ファッションが優先」と、おしゃれな靴をはき続けた。

24歳で結婚してからは、足の痛みは忘れていた。子育てが忙しくて、ハイヒールなどはく機会もなかった。最近、夫が定年を迎えたので、旧友たちと旅行をすることになり、「28年ぶりに、おしゃれな靴を買おう」と、喜び勇んでブティックに出かけた。ところが、足の変形がひどく、はけるパンプスがない。痛みもひどいので、慌てて慶應義塾大学病院の整形外科を訪れた。

担当の井口傑講師がレントゲン撮影で調べたところ、両足の親指の付け根の関節が小指側に30度も曲がっている,中等度の外反母趾であることがわかった。関節部分は炎症で赤くふくらんでいた。

この病気が増えたのは、戦後、靴をはくのが日常化したのが原因といわれる。先の細くとがったパンプスやハイヒールを履いていた女性に多い。足が靴に押されて指が変形してくると、神経を刺激して痛みも出てくる。頭痛や腰痛を併発する人もいる。

「W子さんは、おそらく二十代に親指が変形して,そのままになっていたのでしょう。一度、こんな状態になると,親指を引っ張っている腱が小指側に曲がるように働くので、靴をはかなくても病気が進行します。五十代になって痛みを感じる人が多いのは,このためです。」(井口講師)

親指の曲がりの角度を「外反母趾角」といいい、これが30度以上だと、手術療法の対象になる。W子さんは古い靴をはいて、なんとか旅行をすませたが、「ちゃんと治して第二の人生を楽しみたい。お芝居に行くときぐらいは、おしゃれな靴もはきたい」と、手術を強く希望した。このように、美容上の悩みから治療を受ける患者は多いそうだ。

手術のやり方は100種類以上あるという。骨折の治療と同じで、治療に手間をかけるほど予後がよいといわれる。しかし患者は手術時間も回復期間もできるだけ短い方法を希望する。井口講師は「どの専門医も,少しでも時間を短縮しようと、骨の切り方や固定の仕方などを工夫しています。私どもの方法は、比較的短時間の割に予後もよく、最近の手術療法の主流になっています」

手術では,親指の付け根に近いところにある「第一中足骨」を適当な部分で切り、再びくっつけて曲がりを矯正する。外反母趾では、たとえば右足の場合、親指が右側(小指側)に曲がっているように見えても、実際は「く」の字の状態で第一中足骨は左を向いている。これを逆の向きに直すわけだ。

片足に要した手術時間は約1時間半

手順を説明すると、

  1. 親指を小指側に引っ張っている外転筋をはずす。
  2. 親指の付け根の出っ張った骨を一部切除する。
  3. 第一中足骨を切って小指側に曲げる。すると、親指の先は、反対に内側に戻って外反母趾が矯正される。
  4. 1.2ミリ径の鋼線を患部に刺し込み、さらにギプスで固定して終了。この鋼線はあとで抜き取るのが簡単なので、井口講師は好んで使っている。

W子さんの手術は非常にうまくいった。片足に要した手術時間は約1時間半。2週間後に抜糸し,六週間後にはギプスが取れて普通に歩けた。鋼線は半年後、骨がしっかり付いたところで抜いた。やがてテニスも楽しめるようになった。

最近、欧米では、鋼線の代わりに、足の中で吸収されてしまう固定材料や、固定が必要ない骨の切り方なども研究されている。こうした新技術もやがて日本に広まりそうだ。

<診断と保存療法>早期発見すれば、保存療法で治るケースも少なくない。神奈川県内の小学生K子さん(当時12歳)は、通学時に親指の付け根に痛みを感じて、歩くのがつらくなった。手術しないで治せないものかと、家族に連れられて、聖テレジア病院を訪れた。

整形外科の加藤正部長(副院長兼務)は、レントゲンによる「種子骨の軸射撮影」という診断法の考案者だ。種子骨というのは、ゴマ粒のような形をした二個の小さな骨で親指付け根の関節の底側の線維組織内にある。関節の保護と腱のスムーズな運動を助ける滑車のような役割をしている。軸射とは、骨の縦軸方向の撮影という意味だ。「種子骨の位置がズレてくると自然に指が曲がり、外反母趾が生じます。外見は曲がりがひどくても、この種子骨が移動していなければ保存療法が可能です。」

K子さんは、外反母趾角が30度あったが軸射撮影の結果、種子骨のズレが少なく保存療法ができることがわかった。そこで、義肢装具士が」K子さんの足形をとり、中敷きアーチサポートの幅が広く、つま先が内側に曲がっている治療靴をつくった。

この革靴をはいて通学するようになって半年後には痛みが消えた。その後骨の成長に合わせて,1年に1度、新しい靴をつくり替えた。次第に矯正効果が表れ,19歳のときの診断では、曲がりの角度が20度に減少した。

「外反母趾の原因になるのは、先の細い靴だけではありません。近年は土の路面がなく,アスファルトやコンクリートの道路なので、足に負担がかかって種子骨がズレてしまうのです。だから若い患者さんも多いんですよ」

治療靴は普通の靴屋で自前でつくると、1足30万円もするそうだが、病院の治療用には健康保険が適用される。若いときに早期発見したら、この治療靴が第一選択になるといってよいだろう。

下駄や草履の時代には少なかった。

外反母趾になりやすい足の形もある。エジプト型と呼ばれるタイプで,親指が第二指よりも長い足だ。日本人にはこの形が多く,以前、加藤部長が小,中学生約八百人の足を調べたところ、全体の7割近くを占めた。また外反母趾の手術をした患者のうち、8割はこのタイプだという。

「夜寝るときに、ガーゼをたばこくらいの太さに丸めて、親指と第二指の間にはさんでおくと予防になります。日本人が鼻緒のある下駄や草履をはいていたころは、外反母趾に悩む人はほとんどいませんでした。足指に本来の筋力が戻れば、自然に健康な足になるのです。」